2023年節分にて

新しい年が明け、新年の取り組みにもあわただしく時が過ぎ、あっという間に、節分を迎えることとなりました。

『節分』とは、季節の節目のことで、昔は、立春、立夏、立秋、立冬の、それぞれの前日のことを指していましたが、現在では、立春(2月4日頃)のみの呼び名として残っています。

また、四柱推命などの占いでは、立春以降が新しい年となりますので、1月生まれの人は、本当は、前年の干支の生まれということになります。

今年は『癸卯四緑木星』の年です。

十干十二支の『癸卯』は、
『厳冬が去り、扉が開いて、 ぴょんと飛び出るうさぎさんのように飛躍の意味を持つ年』
とされています。
期待しましょう!

また九星気学の『四緑木星』の年は、風にそよぐ樹木の葉のように、爽やかで穏やかな気運を持ちます。

数年続いた世界の波乱が終了し、明るい希望に満ちた社会となりますように!

『ジョコビッチが私たちに教えたこと』
https://twitter.com/hirohide_kage/status/1620046989378621441?s=43&t=XBPoh39DJ6SbYjGIpj1j5g

『個人の判断』
https://twitter.com/wotakumame/status/1618627255030382596?s=43&t=-yC7jK-8edcCqSVLJm4dww

『人間らしさはどこへ』
https://note.com/ryunosuke_0402/n/n4c574759925d

『全体主義の危険性』
https://twitter.com/singletousi/status/1622468759587020802?s=43&
t=XJ1LQ15mkXXtkUhN_0wWMA

(橋本由美)

五山の送り火

早いもので、今年ももう、8月も下旬となりましたね。

7月の祇園祭のお囃子が、京のそこかしこに流れ始めると、「あ~もう夏やなぁ」と、高揚感を感じますし、
8月16日の五山の送り火が終わりますと、「もう夏も終わりやわぁ」と、少し物寂しい気持ちになります。

京都の街を囲む五山において、お焚き上げにより、大文字、妙法、舟形、左大文字、鳥居の文字が浮かび上がり、お盆の間、現世に降りて来ていはりましたお精霊(しょらい)さんを、あの世にお見送りするとされています。

かつてバブルの時代には、私どもも、ホテルの上階のレストランなどで、ディナーを楽しみながら送り火を鑑賞していましたが、今は、自宅の近くの河原から、家族と共に、静かに、亡き親や祖父母、友人知人を想いつつ、山々の炎を眺めています。
本来の姿に戻ったのでしょう。

今年は、十六夜の月が美しく、ちょうど、大文字の点火に合わせるように輝いていました。

お精霊さんがたに感謝しつつ、今年も、そろそろ夏じまいに着手してゆきます。

(橋本由美)

『令和』の時代

『令和』元年となり、はやひと月が経ちましたね。

日本語本来の語彙は『和語』『大和言葉』とも呼ばれますが、もともと、日本の言葉に『ら行』で始まる単語は存在しなかったのだそうです。
では、国語辞典に載っている『ら行』の言葉はどこから来たのかといいますと、その多くは中国からとり入れた漢語、あるいはヨーロッパからの外来語、ということです。
たとえばリンゴ(林檎)、ロウソク(蝋燭)、ラッキョウ(辣韮)などはもともと漢語なのだそうです。
(出典 プレジデントオンラインhttps://president.jp/articles/-/25148?display=b)

一方、古代言霊思想によりますと、ら行の音は、『螺旋』または『進化』を顕すとの説もあるそうです。

一直線ではなくとも、螺旋を描きながら、少しずつ浄化向上してゆける社会、世界となりますよう、願いを込めて、この元号に思いを寄せてみました。

(橋本由美)

2019年 初春のご挨拶

初春のご挨拶を申し上げます。
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

今年2019年は、十干十二支では、 己亥(つちのとい)の年となります。

『亥』は、時刻では午後10時から11時頃、方角では北北西を指します。
本来は『閡』という文字で、草木などの生命力が閉じ込められている状態を意味するものでした。

『亥』の次に来ます『子』は、本来は『孳』という文字で、『植物が増える』様を表すそうです。

つまり、亥年の持つ『気』は、『植物が芽吹いて繁る前の、土の中でその準備をし、力を蓄えているという状態』でしょうか。
しっかりと地に足を付けて、地盤を固めるのに良い『気』の年のようですね。

また、京都の『護王神社』には、狛犬ならぬ、狛亥があります。
お祀りされています和気清麻呂公が、その昔、流罪とされました時に、猪に道中を守られたとの言い伝えによるものとのことです。
その時に、足の腱を切られました清麻呂公の、その足も、猪に送り届けられました後に治っていましたことから、足腰の息災に効果がある神社としても有名です。
清麻呂公は、その後、冤罪が晴れ、復権なさいました。

亥年とのことで、今年は、ずいぶん多くの参拝者がありました。
小さな神社ですので、参拝者の列が、外の歩道にも長く続いていました。

皆さまの、この一年が、『己亥』のパワーに沿う、着実で息災な年となりますように、お祈り申しあげます。

(橋本由美)

2018年 新年のご挨拶

遅ればせながら、2018年新年のご挨拶を申し上げます。

年末年始と、想定外の出来事にみまわれ、その対応に精一杯でした橋本由美です。
自身のメンタルヘルスを何とかコントロールするために、試行錯誤しています状況です。

ただ、この経験も、
『他人に対する代理創造能力を高めなさい』
という天の声と、とらえることにしました。

今年は、戊戌(つちのえいぬ)の年です。
『戊』とは、十干の五行で『陽の土』の意味を持ちます。

『五行』とは、古代中国の自然哲学思想です。
万物は、木・火・土・金・水 の5種類の元素から成り、これらは互いに影響し合い、天地万物が変化し、循環するという考え方です。

30数年前に、これを元に『算命占星術』を編み出されました故・和泉宗章氏により、その中のひとつの要素である『天中殺』が、大ブームとなりました。

当時、私も、そのブームに乗り、真剣に学びました。
そして、多くの友人知人の運勢を観ましたが、その結果、私が得ました結論は、
『性格は、かなり的中させることができるけれども、運勢は、必ずしも当たらない』
ということです。

つまり、生まれ持った運命(いつの時代に、どの国のどんな両親の元に生まれるか・・・など)は、変えられませんが、運勢は、後天的に変えることができる、ということです。

そして、『いかに運勢のコントロールを、ひいては魂の成長を成し遂げるか』の学びのために、人は、この世に生まれてくるのでしょう、という考えに至りました。

ですので、それ以降、一切、運勢を観ることを辞め、学んだ資料も全て処分しました。

人は本来『愛を学ぶために、この世に転生してくる』と、信じています。

・・・・・・・が、転生するにあたり、自ら、ある程度の設定をしてくるのでしょう。いわば、ロールプレイングゲームのように。

「今回は、この辺のラクな設定でいこう」とか、
「今回は、かなりハードルを上げて、一気にステージアップしよう」とか・・・・・・・

今生、困難に出合っている人は、きっと『一気にステージアップにチャレンジしよう』と試みて設定されたのではないでしょうか・・・・・・・これは、自らにも言い聞かせています。

皆様のこの一年が、どうか良き魂の成長の機会となりますように♪♪♪

(橋本由美)

2017年の送り火

昨日8月16日は、京都・五山の送り火が灯される日でした。

お盆で現世に来てはりましたご先祖さまの魂が、あの世へ還って行かれるのを、送り火を焚いてお見送りします。

終戦記念日の翌日が、お盆の最終日となることには、何か天の采配を感じます。

毎年その年ごとの思い出がありますね。

子供の頃は、お盆休みも無く働いていました両親と、まだ健在でした祖母や、住み込みの人達とともに、点火時刻に合わせて自宅の屋上に上り、建物の黒いシルエットの隙間から、小さく小さく見える送り火を眺めていました。

私が成人しました頃には、世の中は好景気に沸き、毎年家族揃ってドレスアップし、リーガロイヤルホテルの最上階・回転レストランでディナーを楽しみ、ワインを飲みながら、レストランがゆっくり一周まわる間に、五山全ての送り火を鑑賞するというスタイルになりました。

やがて、結婚後は、その会に、お舅さんお姑さんも ご一緒するようになり、息子たちが産まれ、弟たちの家族も増え・・・

そのうちに、家族のみならず、その年々にご縁のありましたお客さまもお招きするようになり、どんどん人数が増え、にぎやかなパーティーとなりました。

しかしやがて、祖母が亡くなり、お舅さんもお姑さんも亡くなり、お招きしていましたお客さまも何人かの方々が、天に召されました。

だんだんと実家の家族はばらばらになり、集うことも無くなり、いつしかそのスタイルは変わり、9年前からは、母が数人のお客さまを、グランヴィアホテルのフレンチにご招待し、静かに送り火を鑑賞するという会になりました。

そして私は、そこからも離れ、自宅で孫たちと過ごすようになりました。

私の今生の人生にも色々な歴史があったんやわ~と、毎年こうして、昔からのこの日を思い浮かべます。

そして今年は、ふとした思い付きで、家の屋根裏部屋から、大文字がきれいに見えることを発見しました。

と共に、屋根裏部屋に眠っていました、息子達の子供の頃の洋服のみならず、主人や私のものまで発見しました。

50数年前に主人が着ていましたツィードのコートは、亡きお姑さんから、「これは惠ちゃんが小さい頃に着てたのよ」と譲り受けましたものの、当時は、二人の息子達に、いつもお揃いの洋服を着せていましたので、出番が無いままに、しまってありました。

この冬には孫が着てくれるでしょうと、それを羽織ってはしゃぐ孫の姿に目を細めつつ、「きっと、お姑さんが気付かせてくれはったんやね・・・」と、温かい気持ちになれました、今年の送り火の夜でした。

(橋本由美)

祇園祭

京都では、祇園囃子が流れはじめると、「もう夏やな~」との会話が、あちらこちらで聞かれるようになります。

祇園祭は八坂神社の祭礼で、大阪の天神祭、東京の神田祭とともに、日本三大祭のひとつです。

1200年余り昔、神泉苑に日本全国の国の数の鉾66本を立て、祇園の神を祀り災厄の除去を祈る祇園御霊会を行ったのが始まりと伝えられ、巡行の最初に行われます「注連縄切り」は、神域への結界を切って、厄を祓いながら進む、という意味があるそうです。

お祭のハイライトは17日と24日に行われる33基の山鉾巡行で、「京都祇園祭の山鉾行事」はユネスコ無形文化遺産に認定されています。

祇園祭山鉾巡行は、平成26年に、7月17日の前祭巡行(23基の山鉾)と24日の後祭巡行(10基の山鉾)の2度の巡行が49年ぶりに復活しました。

1996年には、甥が、稚児を務め、注連縄切りの大役を果たしました。
その縄は、今も、実家に飾られています。
親戚中が、毎日、それこそ「お祭り騒ぎ」の一ヶ月余りでしたが、懐かしい思い出です。

(橋本由美)

今年の桜

この春、京都の桜は、例年に無く開花が遅れましたが、その分、長くゆっくりと楽しむことができました。

冒頭の写真は、出雲路橋からの風景です。

子供の頃から、加茂川の風景が大好きでした。
四季折々に美しく、よく橋から、飽きず眺めていたものです。

こちらもやはり、出雲路橋付近の桜です。

こちらは、上賀茂神社境内の桜です。

そしてこの3枚は、上賀茂神社付近の川沿いの桜♡

木屋町の桜も、しっとりとした情緒があり、美しいですね。

こちらは、哲学の小径の桜です。
幼い頃に住んでいましたので、今も、訪れる度に、懐かしい思い出が蘇ります。

たくさんの桜に癒やされました。
ありがとうございます♡

(橋本由美)

2017年初春のご挨拶申し上げます

酉 楽茶碗 桂窯

2017年初春のご挨拶申し上げます。

今年は酉年ですね。
「酉」という漢字は、本来、「果実が極限まで塾した状態」という意味をもつものだそうです。
そこから転じて、「頂点を極める」という意味もあり、また「とりこむ」という音併せから、お商売のかたには縁起が良い年とされているそうです。

本年も、皆さまの人生が、愛と調和に満ちたものとなりますように♪♪♪

酉 香合 桂窯

画像の、干支の楽茶碗と香合は、私の大好きな(人間的にも)、桂窯の檜垣青子さんの作品です。

なんとも素敵な意匠ですね、ありがとうございます♪♪♪

(橋本由美)

絵を描くということ

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私は、幼い頃から、絵を描くことが大好きでした。

正式に習ったことはありませんが、いつも心のおもむくままに、描くことを楽しんでいました。

ところが、やがて大人になり、「義務」として描かなければならない必要が生じてきました。

年に一度のチャーチル会作品展に出品するための絵や、某季刊誌の裏表紙のイラストなど・・・・・・・

そしていつも、締め切りぎりぎりまで何を描くか迷いに迷い、時間切れで、手抜きの絵になってしまうこともしばしば・・・・・・・ そんな時は、なんだか後ろめたい気持ちを引きずってしまいました。

けれども、ホ・オポノポノを初めてから、「頭で考える」ことをやめました。
天にゆだねて、インスピレーションが降りてくるのを待つのです。

そうすると、不思議なことに、ちゃんとゆとりをもって描くことができ、清々しい満足感を感じることができるようになりました。

何より、とってもラクです(^_^)

冒頭の絵は、昨夏の某季刊誌のために描いたものです。
「アマガエルちゃんが描きたい!」とのインスピレーションが降りてきたのです♪

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そしてこちらは、この夏のもの。

次は、何が降りてくるのか、楽しみに待っています♪

(橋本由美)