しばらくぶりの克山先生♪

ほぼ一年ぶりに、克山先生の工房を訪ねました。

京都から信楽へは、高速道路ができまして、とても快適に短時間で行けるようになりましたので ありがたいです。

リハビリを続けていはります克山先生は、https://xn--1lqy4i90xvwkt27a.com/holy-bell/2009/11/09/post-360/ まだ少し ご不便そうではありますが、もうずいぶんたくさんの作品を 制作なさっていらっしゃいました。

いつものように、たくさんのフクロウ達が お出迎えしてくれました。

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わが家では、毎朝 家族それぞれの お気に入りの、克山先生のお茶碗で お薄を点てていますので、今回も これまでとは少し違ったイメージの 優しい色のものを いただきました。

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これまでと違うといいましたら、この陶板は 今までにない雰囲気です。

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満天に輝く星と オオカミの家族でしょうか。 何となく、宮沢賢治の作品を 思い起こします。

2004年の、先生の40周年に、作家の森村誠一氏から 送られました祝辞が、壁に掛けてありました。

『小嶋克山氏には世間でいうところの経歴がない。 つまり、作品が克山氏の人生のすべてなのである。 戦争に追われて御母堂の郷里の信楽へ帰り、そこで焼き物に出会ってから克山氏の焼き物人生が始まる。

だがまだ小嶋克山氏は「自分の焼物」を創るには至らなかった。 二十二歳のとき「自分の焼物」を創りたいとおもい立ち、焼物産地の巡礼が始まる。

人間が世界にアピールする方法には二通りある。 一は本人自身の芸や歌や技や肉体的魅力で直接的に訴えかける。 二は自分自身のすべてを投入した作品をもって間接的に働きかける。 主役は本人ではなく作品である。 作家は後者である。 だが自分のすべてを作品に投入できる作家は少ない。 それは求道一筋の道程にすら、社会生活中の夾雑物が作者と作品の間に入って来るからである。

克山氏は全身全霊を焼物に完全に化体した。 作品にすべてを吸い取られて、作者本人は抜け殻になっていた。 だから経歴がないのである。 どの作品にも小嶋克山氏の命と魂がこめられている。 いずれも克山の焼物でありながら本人は、おそらくまだ「自分の焼物」を創ったとはおもっていないであろう。

作家の証明としての作品にゴールはない。 常に可能性の限界を推し進めていく作陶において、四十周年を迎えた克山氏は、高熱の窯の中で焼成される作品のように、自信が情熱の炎に焙られて窯変をつづけている。

人生にはさまざまな出会いがある。人と人との出会いが最も重要であるとおもっていたが、作品との出会いは、作者本人に出会うよりも、さらに重要である。

なぜなら作者は生きる者の常として必ず滅するが、作品は永遠であるからである。 そして作者自身も作品の中に行き続けている。

私は小嶋克山の作陶に出会った幸せをおもう。 同じ人には何度でも出会えるが、作者自身にも同じ作品は二つと創れない一期一会の窯変と出会い、私は小嶋克山の作品の前で立ちすくんでいた。 自分にもはたして我が作品の中で克山氏のような窯変ができるだろうかと。

克山氏にとっては四十周年は一つの里程標にすぎない。 作者が作品の中で生きるだけではなく、作品と同化して永遠に窯変をつづけるからである。

二千四年三月五日  森村誠一』 (原文のままです)