永平寺へお詣りに(^_^)・その2

8月末に 祖父母の法要のために 永平寺詣でをしましたが、前回 お留守でした 105才の 永平寺貫首・宮崎禅師様が お帰りになりましたとの ご連絡をいただき、急遽 お彼岸のお詣りを兼ねて 伺うことになりました。

今回は、両親と 主人と私の4人。両親は それぞれに 大変多忙なため、プライベートで 揃って出かけることは、ここ何年か お正月の初詣以外 ほぼ皆無のように 思います。

ですので、前回 両親揃って お詣りに行くことができまして、子供の頃 車の好きな 父の運転で 家族で 遠距離ドライブに出かけましたことを思い出し、遠足に行くようなうれしい気分でした。

それが、思いがけず ひと月のうちに 2度も こういう機会を持つことができまして、ありがたいことと 感謝しています。

禅師様にお目にかかりますのは 2度目ですが、前回より ずっと お元気で、ずいぶん長い時間 お話しをしてくださいました。

先日お留守でした理由も、北大まで 歯の治療に行っていらっしゃったとのことで、105才にして ご自分の歯が残っていらっしゃるという事に 驚きました!

側近のかたによりますと、「今朝、いただいた お花の名前が思い出せず、わしも痴呆になったかと 嘆いていらっしゃいました。」とのこと。

いえいえ、私など 人や物の名前を 思い出せないことなど 日常茶飯事です。禅師様より 還暦分も 若いのですが・・・(^_^;)

この度の お話の中で 印象に残りましたのは、「両親は 一番近い先祖であり、また30代遡ると 数千人の先祖がある。その方達のおかげで 今の自分があり、人間に生んでいただいて ありがとうございます との 感謝の気持ちを忘れないように。」とのこと。

そして、「朝起きて 顔を洗い、まずするべき事は ご先祖様をお奉りした仏壇に お線香を供えること。右にも左にも傾けず、まっすぐ中道に。座禅を組む時においても、背筋をまっすぐ伸ばして 右にも左にも傾かず まっすぐ中道に。人生 全て 中道が大切。」と、おっしゃっていましたこと。

以前、少しだけ 詩吟を習っていました時、どなたか忘れてしまいましたが、明治維新の頃 投獄された人の句を 詩にしましたもので、「人生は 中道に生きるべき。」という内容のものが ありました。

もうお亡くなりになりました 先生の お気に入りで、毎回 お稽古に使っていらっしゃいました。

「中道」といいますのは、「どっちつかず」とか「中途半端」ということではなく、「どちらの立場からもの ものの見方ができる。」という 感覚だと思います。中道を貫く ということと、以前 書きました「ばらばらで一緒」ということには 相通じるものが あるのではないかなぁ・・・と、宮崎禅師様の 穏やかな お顔を拝見しながら、ふと 思い至りました。(^_^)