『田舎のパン屋が見つけた 「腐る経済」』を読みました

渡邉 格さんという方の著書『田舎のパン屋が見つけた 「腐る経済」』
という本はとても素晴らしい本でした。
p22
「真っ当な”食”に正当な価格をつけて、それを求めている人にちゃんと届ける。それで世の中を少しでも真っ当な場所にしていこう」
との決意で、天然酵母のパン作りに励む著者が書かれた本です。
マルクスの「資本論」と酵母やパン作り、地域活性の話が非常に面白く組み合わされた特別な本だと思います
以下、私が印象に残り、かつ、この本の伝えたいメッセージの魅力がとても感じた箇所を一部抜粋します。
この内容を読んで、興味を持たれた方、面白い意見だと感じられた方、ぜひこの本を読んでみては如何でしょうか。
読めば本当に自分の価値観に何か変化があると思います。
韓国でもよく売れているとのことで、ドキュメンタリー作成の話もあるそうです。
p177
「利潤」ではなく、「循環」と「発酵」に焦点を当てた、「腐る経済」に挑んでいる。
p224
「人生はいっぱいの酒に如かず」。懸命に働いた後の美味しい食べ物と美味しい酒があれば、人は楽しく豊かに生きていけると思うのに、資本主義経済は、「腐らないおカネ」を増やすことに躍起になって、働くことと食べものをどんどん壊している。なんでこんなことになるのか?
 僕らは、自分たちが食べたいと思えるものを守りたくて、暮らしと仕事が一つになった人生を歩みたくて、パンという武器を取ったのだと思う。
p225
僕らの思いに共感してくれた人は、ぜひ、未来への一歩を踏み出してほしいと心から願う。できれば、田舎で僕らと同じ闘いに挑む人が増えてほしい。それに限らなくとも、自分の「内なる力」を高め、土や場をつくることに意識を向ける人が増えてほしい。
p226
場が整い、「菌」が育てば、食べ物は「発酵」へと向かう。それと同じで「小商い」や「職人」が育てば、経済も「発酵」へと向かう。
私たちは、自分たちの子どもの世代にどういった日本、地球を残したいか、一人ひとりがきちんと考えるべき問題だと強く感じます。
最後に、このパン屋のURL添付します。鳥取県に店舗を移動するそうで、現在はお休みしているそうですが、今後の活躍が楽しみです。
橋本圭司

一番ピンは何ですか?

突然ですが、ヨガと言ったらどのようなイメージを持たれているでしょうか。

美容や健康?
最近は、瞑想と精神的な安定等と答える方も増えてきていそうですね。
これらは、どれも正解です。
ヨガは呼吸に合わせてゆっくり動作を繰り返す有酸素運動なので、美容や健康にも効果はあると思います。
また、ヨガは「動く瞑想」とも言われています。
ここで私なりのヨガの意味をまとめたいと思います(インドやアメリカの著名な指導者の受け売りですけどね)。
ヨガとは
「呼吸や体の動作、感覚を通して心を整える」
ものです。
なぜいきなり心から入らないのか?
簡単です。 心をコントロールするのは大変難しいからです。
誰かに嫌なことをされたら、誰でも一瞬はカッとなりますよね。
当たり前です。 それが生きているということですから。
大切なのは、カッとなった後に落ち着きを取り戻すまでの過程をどれだけスムーズにできるかです。
それを訓練するのがヨガだと思っています。
心のコントロールが難しいなら、まず動作や呼吸の動きをしっかり意識の上に持ってきて、コントロールしようという発想です。
体と心は繋がっているからこそ、まずコントロールできるところからしっかり取り組むということです。
日々の生活や仕事も同じだと思います。 直接達成することが難しそうなことでも、まず変えられるところ、行動を起こせるところをしっかり見極めて着実にこなしていくことが大切だと考えています。
自動車メーカーであるマツダの藤原さんという方が
「本質を詰めることができれば、ボウリングの一番ピンを倒すように、次々と問題を解決することができる」
といったことを述べています(下記URL参照)
私は、この言葉もこれまで整理した内容と同じことを表現していると感じました。
皆様が取り組まれている課題の一番ピンは何でしょうか?
橋本圭司

「アレクサンドロス大王のゴルディオンの結び目」にみる目的設定の大切さ

かつてゴルディオンという王都に

「これを結び目を解くことができたものこそ、このアジアの王になるであろう」と予言されたゴルディオンの結び目というものがあった。

これは荷車を結び付けたもので、これまで結び目を解こうと何人もの人たちが挑んだが、結び目は決して解けることがなかった。

数百年の後、この地を遠征中のマケドニア王アレクサンドロスが訪れた。彼もその結び目に挑んだが、やはりなかなか解くことができなかった。すると大王は剣を持ち出し、その結び目を一刀両断に断ち切ってしまい、結ばれた轅はいとも簡単に解かれてしまった。折しも天空には雷鳴がとどろき、驚いた人々を前に、大王の従者のアリスタンドロスは「たったいま我が大王がかの結び目を解いた。雷鳴はゼウス神の祝福の証である」と宣言した。後にアレクサンダロスは遠征先で次々と勝利し、予言通りにアジアの王となったという。

これは、アッリアノス著の『アレクサンドロス大王東征記』第2巻3節を一部省略、編集したものです。 このゴルディアスの結び目を切るという英語が、「難題を一刀両断にする」という例えに使われているそうで、この伝承はアレクサンドロス大王の果断で英雄的な側面を意味するものというのが一般的な解釈かと思います。

ここで、少し見方を変えて、仕事や日々の生活で役立つ(?)ようにこの伝承を解釈したいと思います。

そもそもなぜ、アレクサンドロス大王は他の人たちと異なった思い切った行動ができたのでしょうか。なぜ大勢の人は、結び目を切ってしまえという発想に至らなかったのでしょうか。

私が考えるに、アレクサンドロス大王は目的とそこに至る方法を、明確に区分する能力に秀でていたのではないでしょうか。

最優先の目的は「結び目でくっついている荷車を離すこと」です。

大勢の人は、結び目はほどくものという先入観が先行して、どうやってほどくかということが、いつの間にか最優先の目的になっていたのです。

アレクサンドロス大王は、その点を見誤らずに本来の目的を明確に意識していたために、ほどけないなら切断すれば良いというストレートな発想ができたのではないでしょうか。

なぜなら信託に、「ただし、刃物で切断してはならぬ」という条件なんて一切つけられていませんからね。

荷車を離すだけなら、何でもありです。 切らないで焼き切るとかいうのもありです。

なんだ、そんな簡単なこと誰でも思いつくとも感じられるかもしれませんが、企業でも個人でも目的達成のための手段が、いつの間にか目的になっていることがよくあります。

例えば、お店の集客効果を高めるための広告活動が、いつの間にか、「ビラを何枚配ったか」、「一日で何件電話をかけたか」が目標となって一人歩きしていたりします。

もちろん、このような努力は大切です。 しかし、一番大切な集客という本来の目的にその行動が役立っているかを常に意識して、チェックできる仕組みや体制を整える工夫をしてこそではないでしょうか。

そうしたら、集客が目的なので、既に顧客となっている方にお願いして、お客さんを連れてきてもらう方が自分の店にはより効果的等別のアイデアが出る余地が増えます。

そうやって、本当の目的に常に焦点を当てながら、取れる行動の選択肢を広げてこそ、アレクサンドロス大王のような飛躍が期待できるのではないでしょうか。

ちなみに、ゴルディアスの結び目をテーマにした芸術作品を調べたら、ベ サンスンという方の絵を見つけました。

bae_sangsun_2011

ほどくのなんて無理そうです(笑)

実際はどのようなものだったのでしょうね。

 

橋本圭司

企業における統計分析と実務について

近年、ビックデータ分析等といった言葉が流行り、街の書店でも関連書籍や雑誌の特集記事がよく見られるようになりました。
それでは、これは最近出てきたものなのかというと、そういうものばかりではありません。
確かに、専門書ではサポートベクターマシン、ランダムフォレスト等といった、私が医学部にいたときでも聞いたことがなかったような難しい言葉の分析手法がよく紹介されています(しかも一般社会人を対象にしたビジネス用書籍にです!)。
こういった分析が盛んに取り上げられるようになったのは、過去と違いPOSデータやログデータといったものが全てコンピュータで大量に蓄積できるようになったこと、コンピュータの演算能力の著しい向上等の寄与が強いと思われます
これらの成果は、迷惑メールのふるい分けや、インターネットショッピングでの「あなたにオススメの商品」「これを購入した人はこれも購入しています」等といった機能に見られます。
このような分析手法が、統計の専門家ばかりが読むわけではないビジネス書籍に紹介されているわけですが、こういった書籍では理論的な説明等少し不足しているものが多い気がします。
分析手法の選択や結果のビジネスの場への適用は、企業の目指す目標や集計されたデータの性質といったものを総合的に鑑みて、段階的に進めるべきだと考えます。
例えば、会議で
「アソシエーション分析で信頼度と支持度を云々した結果、来週以降は商品の配置を変えたほうが良いと考えます」
と言われて、心から納得して
「ぜひやりましょう!」
とはならないのではないでしょうか。ほとんどの方が、狐につままれたような気持ちで釈然としないまま終わってしまうことが多いかと思います。
その結果は、分析した内容の中途半端な日常業務への落とし込みと非効果的な結果につながりかねません。
これと似たようなことは、私自身苦い経験としてあります。
そこから得た教訓として
「裏でどれだけ難しい分析をしても、表ではグラフや簡単な分析結果を通して示す。」
というものです。
そして、
「たくさんデータがあっても、その構造を見やすくして、現場の方と一緒に意味を解釈する。」
となります。
まずは、偏見なく腰を据えてデータの持つ意味に向き合うべきです。
これまで述べたような分析手法は、向き合った結果本当に必要な場合のみ検討すべきものです。
複雑なデータを紐解いて、営業の方にも、事務の方にも、企業で働くすべての方々が理解しやすい形で新しい見方、隠されたデータのパターンを示す。
そして、本当に納得していただいた上で、その結果を日々の実務に落とし込む。
これが様々な能力や背景を持つ人々の集まりである企業における統計分析で最も大事なことだと考えます。
加えて、このようなアプローチはアウトプットだけを見れば簡単な分析に見えますが、実は最も難しいことなのだと思います。
ですので、私自身これからも日々継続して研鑚する必要がありますし、今日より明日、明日より明後日と日々進化していく所存です。
今後とも、よろしくお願いいたします。
橋本圭司